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ゼミ研修旅行in沖縄


 総合政策学部の岩崎ゼミ・小林ゼミ合同の、恒例の沖縄研修旅行が、今年も9月6日〜9日に開催されました。飛行機の便の関係で、初日と最終日は、ほぼ移動のみとなってしまいましたが、中2日は、目いっぱい視察・見学をし、有意義な研修旅行となりました。
 9月7日は、朝5:30に宿舎を出て、那覇市の海の玄関口である泊港の魚市場でのセリを見学。マリンブルーの熱帯魚が食用として売られていることに驚いた学生もいたようです。
 朝食ののち、車で宜野湾市の嘉数高台公園に移動。ここは第二次世界大戦末期の沖縄戦激戦地だったところの一つで、園内にはトーチカや地下壕の跡なども残っています。また、この公園からは米軍の普天間基地を眺めることができます。基地に隣接している沖縄国際大には2004年に米軍のヘリコプターが墜落して炎上する事件も起きていますが、この公園からは、住宅地に近接していて世界で一番危険な基地とも言われる普天間基地周辺の状況を、あらためて見て知ることができました。
 普天間基地の後は、北上して、「道の駅かでな」から嘉手納基地を視察。ちょうど戦闘機が次々に離陸していき、会話が何度も中断されるという状況を、体験することになりました。
 昼食に沖縄そばをいただいた後、名護市辺野古に移動。ここは、日米両政府が海を埋め立てて、普天間基地の移転先にすることで基本的に合意している場所です。ジュゴンも住むという青い海に突き出たコンクリートの壁の向こう側は、米軍の軍用地(キャンプシュワブ)になっており、一般人は立ち入ることができなくなっています。
 そのあとは、古宇利島のビーチで、熱帯魚が海水浴客と一緒に泳ぐ沖縄の海を体験。フクギの並木道がきれいな備瀬の集落を散歩したのち、美ら海水族館にも立ち寄りました。
 翌9月8日、午前中まず向かったのは、斎場御嶽(せいふぁーうたき)という琉球王朝の聖地。近年のスピリチュアルブームで人気もあるところですが、ここから聖なる島とされる久高島を眺めました。その後、奥武島に移動し、グラスボートという船底の一部がガラス張りになっていて海中が見える船に乗って珊瑚礁を見たり、モズクの天ぷらを食べたり。お昼は奇跡的に戦火を免れたという真壁集落の古民家で沖縄そばをいただきました。
 午後は、バスで沖縄市(旧コザ市)に移動。かつては嘉手納基地の米兵で大変賑わったという中心市街地を見学しました。車道幅を狭くすることで通過交通を減らすとともに植栽を増やし安心してい物できるように工夫されたパークアベニューは、1987年に建設省(当時)から「第2回手づくり郷土賞」を受賞しています。また、2007年には、沖縄民謡からロック・ジャズと多彩な音楽文化を融合・発信させてきた街であることを活かした音楽による街づくりの拠点施設として「ミュージックタウン」という施設が開設されました。
 中心市街地の視察の後は、沖縄県にUターン就職した本学部卒業生と合流して、同市内で開かれていた第57回沖縄全島エイサーまつりを見学しました。エイサーとは、本土の盆踊りにあたる沖縄の伝統芸能のひとつで、主に各地域の青年会でそれぞれの型を持ち、伝承発展させてきたものです。本土では青年団活動は途絶している地域が多い中で、沖縄では、こうした伝統芸能の伝承を核として、今でも活発に各地域の青年会が活動していることに、同世代として感銘を受けた学生もいたようです。
 最終日は、朝、那覇市内の牧志公設市場に寄った後、那覇空港から帰途につきました。

 沖縄の安全保障関係の施設や、観光集客施設、そして沖縄の文化や地域の成り立ちに触るこの研修旅行で、学生たちがそれぞれ、これまで自分たちが暮らしてきた地域とは異なる地域の存在をリアルに経験し、そして広い視野から比較・相対化しつつ物事を捉えることのできる人物に育って行ってくれればと願っています。



泊漁港でのセリの見学
泊漁港でのセリの見学

泊漁港でセリにかけられていた様々な魚
泊漁港でセリにかけられていた様々な魚

嘉数高台公園から普天間基地を眺める
嘉数高台公園から普天間基地を眺める


嘉手納基地から飛び立った戦闘機
沖縄そば
沖縄そば
フェンスの向こうは辺野古の軍用地
フェンスの向こうは辺野古の軍用地

古宇利島のビーチにて
古宇利島のビーチにて

備瀬の並木道を散策
備瀬の並木道を散策
斎場御嶽(せーふぁうたき)にて
斎場御嶽(せーふぁうたき)にて
グラスボートからサンゴ礁を覗きこむ
グラスボートからサンゴ礁を覗きこむ

古民家を利用した沖縄そばの店

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